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2007.09.12

わがまま 身勝手 いい加減

 安倍首相が辞意を表明した。
 いまさら何をいわんや、だ。

 もっとも、彼の持論(妄執?)である『美しい国』やら『愛国心』やら『集団的自衛権』、そして究極の妄執、あるいは執念ともいえる『憲法9条改正(改悪)』なんていうことから、これで少しは遠ざかるのではないかと思えば「歓迎すべきできごと」と言えなくもない。

 そうであっても、臨時国会における代表質問から逃げ出すが如きの突然の表明は、これはもう身勝手、はたまた世間知らずのお坊っちゃまのわがままという以外にはない。

 もしこのまますんなり辞任となれば、彼が強引に行なった、参院選での大敗の原因ともいわれる数々の愚策(と言いたい、教育、国民投票、医療制度などなど)について、いったい誰がどのような責任を負うというのだろうか。

 しばし開いた口が塞がらない臨時ニュースの一報であった。

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コメント

2014.7.1

集団的自衛権の行使容認が閣議決定された。
戦後69年目にして、日本の安全保障の大転換である。
一国家の安全保障という重要政策が、与党間(ほぼ自民単独)だけで決定された背景には、何があるのだろう?

「日本を取り巻く安全保障環境は、大きく変動している」
これが、安倍首相をはじめ、今回の集団的自衛権行使容認を進めた政治家の大義名分である。
確かに、近年の中国を中心とした周辺国の軍事力増大は著しく、またそれに伴って尖閣諸島をはじめとした衝突も増加している。
そういった事象が発生するたびに、多くの日本国民が反中(反他国)感情を募らせ、日本国内が右傾化していっているように見える。
こうした国民感情が、現在の自民党の躍進と、今回の集団的自衛権行使容認を支えていると考えられる。
「中国のような生意気な国は、武力でおとなしくさせればいいんだ」
「集団的自衛権は難しくてわからない。けど、日本経済を回復してくれそうな安倍首相には期待している」
そう考え、先の総選挙で自民に投票した方は数多くいたことだろう。
しかし、そうした方々は、自らが投じた一票の意味を、はたして正確に認識できているのかと、私は疑問をおぼえる。
自民は先の総選挙で多数の票を獲得し、暴走し始め、今回まともな国民議論も、国会議論すらもせず、集団的自衛権行使容認を決めた。
この代償はなんだろうか?
集団的自衛権の行使容認の閣議決定後、安倍首相は会見で、「日本が再び戦争をする国になるようなことは断じてありえない」と語った。
なぜ、断言できるのか?
百歩譲って、現在の安倍政権には、冷静な判断力があり、だからこそ戦争は防がれるとしよう。
しかし、今回のような、何の歯止めもない集団的自衛権では、将来の政権が戦争を起こさないと、誰が断言できるのか?
2014.7.1をもって、日本は、「殺し合いができる国」になったのである。
将来戦争になれば、多くの日本人が殺され、また、日本人が多くの人を殺すだろう。
先の総選挙で、自民党に投票した方は、自らの一票が、この殺し合いを助長しているという自覚はあるだろうか?
安倍自民は先の総選挙で、経済政策を隠れ蓑に、集団的自衛権行使の議論を封じた。
また、選挙では、多くの人が票を投じるため、一人一人の責任を自覚することは少ない。
しかし、今回の集団的自衛権行使容認、さらには将来起こりうる戦争に対して、日本国民は明白な責任を負っているのである。
自らの一票が、どこかで我が子をなくし、涙する母親を生むということを、もう一度噛みしめねばならぬ。
私は、自民をはじめとする、右翼系政党に投票することを悪だとは思わない。
右翼/左翼、平和主義/軍事主義、異なる意見があって、議論を深めていく社会こそ、健全な民主主義社会であるのは、中学生でも知っている。
また、安全保障だけが、投票先を決める理由になることもないだろう。
しかし、集団的安全保障が認められ、日本が「戦争ができる国」になった今、自らの投票がどういった意味を持つのか、我々はよくよく考えなければならない。
実際に、戦場へ赴くのは、選挙での意思表示のできない、子供たちなのだから。

投稿: 大学生 | 2014.07.02 08:58

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